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薔薇の想望 | ビウム園
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薔薇の想望

十二宮で魚がサガを逃がそうとしたらどうなるかなと思って書いてたけど、よく考えたらLoSがまさにそれだった件


「っ、アフロディーテ様、ご報告いたします! 階下の黄金聖闘士が敵の通過を許しました。人数は二人まで減っておりますが現在双魚宮に向かい移動中です。20分ほどでこちらに着く、かと……」
裏口から入ってきた雑兵が震える声で告げた。その内容を咀嚼するにつれ、胸の奥の方で、底冷えするような感覚が沸き起こってくる。
拙い。
この雑兵は逆賊の侵入自体に動揺しているようだが、青銅聖闘士どもは大した問題にはならない。彼らがここまで入り込めたのは彼ら自身の力によるものではないからだ。
では、何によって達されたのか。むろん宮の守護者たちが手を抜いたからだ。それこそが今、最も恐るべき事実。
ムウと童虎は、13年前から教皇に疑念を抱いている。アルデバラン、シャカ、ミロ、カミュも心底信頼してはいまい。そして、城戸沙織と接触したアイオリアは明確に敵対した。今もあの洗脳がかかっているかはわからないが、良心を失ったアイオリアと対峙すれば青銅は一人たりとも生き残れないだろう。おそらく解けている、何らかの要因で。
「……死んだ者は」
「デスマスク様、シャカ様、シュラ様、カミュ様の生存が確認できていません」
デスマスクとシュラはこちら側の人間だ。彼らがいないとなれば残っているのは教皇と私のみ。
四人を二人で押さえ切れるのか。死ぬつもりで戦えば、無理ではないかもしれない。だが分の悪い賭けになる。
何より、教皇が死ぬことは、どうしても、どうしても罷りならない。
……私は覚悟を決めた。

できるだけ多くの赤薔薇を撒きながら、長い階段を上る。
息を切らして駆け込んだ教皇宮で人影が振り向いた。
「アフロディーテ! なぜ双魚宮を出てきたのだ!」
黒い方だ。
批難の声に職務を放棄したことへの罪悪感を覚えたが、今はそれどころではない。
「教皇! お逃げください!」
「何?」
「もう聖域は駄目です。立て直せません。青銅を退けたところで黄金4人を相手にするのは不可能というもの。彼らはすでに教皇の命を無視しています。一時的に凌いだとして、ライブラも排除できていません。ですから教こ、っ!」
首を掴まれた。
「お前は私が負けると言いたいのか!」
教皇はそのまま両手でギリギリと絞めながら私を持ち上げた。赤く染まった瞳が怒りで揺れているのが、私にはわかった。仮面越しでも。
それでも、これだけは譲歩できない。
「げほっ、お言葉ですが、教皇! どうか、お願いですから、逃げて、ください! っ、は、時間なら私が稼ぎます!」
「しかし」
教皇。
違う。
双子座のサガ!
「双子座としての(・・・・・・・)あなたは、まだ生きているでしょう!!」
ほとんど叫ぶように言えば、場が静まり返る。
はっとしたようなサガの顔からは怒りが消えていて、一瞬逡巡するような素振りを見せ、そして、手が離れた。
「アフロディーテ」
威儀を正し視線を向けてくるサガを、こちらも見つめ返す。
「はい」
「……ぬかるでないぞ」
返ってきたのは、承諾。
「ご決断、嬉しく存じます。ありがとうございます」
そのとき私は、13年前のあの日以来、初めて心から笑った気がした。
教皇が去るのを確認して、踵を返す。
あの方の姿を見られるのは、おそらくこれが最後だろう。

赤薔薇はなくなっていた。
もう大分疲労が蓄積しているはずなのに。並の青銅であれば直接手を下さずとも、設置した花の毒だけで容易く死に至るのが常である。敵が十二宮をここまで踏破したのは、お情けのためだけではなかったらしい。
私は彼らの実力への認識を改めた。
そうして階段を半分ほど戻ったところで、青銅聖闘士が二人現れる。
報告通りの数だ。星座は……ペガサスにアンドロメダ。
「星矢、あれが僕の師匠を殺した男……魚座のアフロディーテだよ。先に行って」
「わかってるぜ。しかしあれ、本当に男か?」
ペガサスは目が悪いらしい。第一ここは戦場なのに緊張感のない男だ。
そして、アンドロメダ。彼はダイダロスの弟子だと聞いている。
あれは立派な人物だった。白銀でありながら黄金に迫る実力を持ち、聖闘士の本分をよく守る、誠実な人柄をしていた。
加えて、頭が切れる。
ダイダロスは、13年前聖域にいなかったから、教皇の変化と双子座の失踪、そしてアイオロスの反逆を自分の目で見たわけではない。後から記録だけを見ておそらくは真実を察し、敵対の姿勢を取った。
あの事件を間近で見ていた黄金でも、教皇に逆らうものは多くなかった。それだけサガの普段の振る舞いは教皇として尤もらしいものだったのだ。
仁智勇を兼ね備える彼は、多くの聖闘士を惹きつけた。
だから、私が殺した。
教皇の体制を揺るがしかねない脅威であった。童虎、ムウに次ぐほどに。
アンドロメダの、彼を偲び仇を討とうという心は、決して理解できないものではない。
しかし討たれてやるわけにもいかぬのだ。
少なくとも、まだ今は。

ペガサスがこちらに走って来る。
「通らせてもらうぜ!」
どうやら、一人が戦っている間にもう一人が先へ進むつもりのようだ。
今までも同じ方法で抜けてきたのだろうか。勿論私はそうはさせない。
「待ちたまえ」
振り返って素早く地面に小宇宙を送り、ペガサスの行く手を阻むように茨の壁を作る。
「なっ!」
「星矢!」
教皇が安全な場所へ逃れるまでは虫けら一匹通さない。
「お前たちにはここで死んでもらう」
「くそっ、戦うしかないのか」
小宇宙を燃焼させ、両手に大量の薔薇を作り出す。デモンローズは有毒の花。花粉を吸い棘に掠れば、敵は弱り死に至る。
「受けよ、赤薔薇の恐怖! ロイヤルデモンローズ!」
手を離れた花の一つ一つに念を込め、青銅たちの周囲に送り込んでいく。
「ローリングディフェンス!」
「何?」
アンドロメダがペガサスの周りに鎖を張った。投げた薔薇たちが跳ね返ってくるる。植物の毒は私には効かないが、黄金の技を跳ね返すとは青銅風情が少しはやるようだ。
「すまない瞬。今度はこっちの番だぜ」
構えるペガサスを見て、薔薇たちと同調した。
「ペガサス流星拳!」
音速の拳。白銀レベルは超えている。やはりただの青銅ではなさそうだ。
しかし体を花に乗せれば当たらない。薔薇は身を隠すための花霞にもなる。
「消えた!?」
さて、この青銅どもは赤薔薇だけで倒されてはくれないらしい。
黒薔薇を呼び出して手に取り、成長を促す。
「一体どこに……」
「ここは僕のチェーンで……! サンダーウェーブ!」
鎖が猛スピードで向かってくる。
これには驚いた。あの鎖の探索能力は並大抵ではない。
咄嗟に持っていた黒薔薇で防御したが、居場所が割れた。
今度は攻撃に使うために、茎を持つ手に力を込める。
「花霞を破ったことは褒めてやるが、次は黒薔薇の餌食にしてくれよう! ピラニアンローズ!」
「うわああああーーっ」
「瞬!」
鎖ごと聖衣を粉々に砕かれたアンドロメダを見て、ペガサスが嘶く。
「君もすぐに送ってやるさ。だが無駄な血は見たくない。苦しまずに死ねるこの赤薔薇で始末してやろう」
「その余裕が命取りになるんだぜ」
「遺言はそれでいいか。ロイヤルデモンローズ!」
「く……!」
再び視界を赤く染める花弁の海の向こうに、光が見えたと思った瞬間、倒れていたのはこちらだった。
「な、なにぃ!?今のはまさか……!」
「そうだ、セブンセンシズだ!こんな花に倒される俺じゃないぜ!」
全て避け切ったというのか。聖闘士の頂点に立つ黄金聖闘士こそが到達しうる小宇宙の真髄、セブンセンシズ。それを青銅が身に付けているとは、敵ながら見事と言うほかない。
「これで終わりだ!」
光速拳。避けるしかない。
避けられるが、その後千日戦争になる。
ペガサスの小宇宙は未成熟で揺らぎが大きく、少しすれば膠着状態は終わるかもしれないが、相手は一人だけではない。
アンドロメダにはまだ息がある。おそらくもう回復した頃だ。
ペガサスと向かいあっているところを攻撃されれば、茨の壁を維持できなくなるだろう。
ここで他の手を打たなくては時間稼ぎにならないのだ。
そう判断して、防御を放棄した。
周囲にある薔薇たちに小宇宙を注ぎ、開かせる。
「ペガサス彗星拳!!」
全身を襲う衝撃に、大きく吹っ飛んで頭から落ちるが、甘い香りが痛みを鎮める。
赤薔薇は咲いてくれたようだ。
これで、少しは。
……前が見えなくなった。

一人の男がサモトラケのニケとアイギスを携えている光景が、心に映る。
人々に愛され慕われている輝かしい姿、そしてその包み込むような雄大な小宇宙。
男はまさしく神の化身であり、私が敬愛してやまない教皇その人だった。

無論、これは夢だ。
教皇は遠く。私は聖域で死ぬ。
非現実的で、どこまでも私情に塗れた妄想に自嘲する。

自分以上に聖闘士失格の人間を私は知らない。
デスマスクは不真面目な振りをしていたが、あれはポーズに過ぎない。
もしアテナがサジッタの矢に倒れず、自ら教皇を下していたら、おそらくアテナに頭を垂れただろう。
現実は裏切り者のままいなくなってしまったけれど。
そういう男なのだ。
手段の潔白さや時流の評価よりも、現実に争いが抑制されている状態をこそ重視する。

対して、私はエゴの塊だ。
地上を守りたい気持ちがないとは言わない。
しかしそれ以上に、教皇を死なせたくないと思った。
だから逃がした。
ただ、生きていてほしかった。

頬を叩かれて目覚めると、青銅二人が自分を覗き込んでいた。
「気が付いた!」
「魚座の黄金聖闘士!教皇はどこにいる!?」
青銅どもの目的はアテナ沙織に刺さった矢を抜くことだった。そのために教皇を探しているのだ。
ということは……教皇は、無事。
「教皇……」
「そうだ、奴の居場所は!?」
黙秘することは簡単だ。
しかしその選択は最適なのか?
教皇は……サガは、失踪したことになっている双子座の黄金聖闘士。
そして、彼の本当の望みは。
わかっている。
地上を支配することではない。
サガは、アテナのために戦いたいと、心の奥底では願っているのだ。
ずっと前から知っていたことだ。
それでも、教皇がいなくなれば聖域は崩れる。聖戦が間近に迫っている以上、どうしても教皇をやっていてもらわねばならなかった。
アテナに力がなかったから。
だがそのアテナは今や、聖闘士の一部を引き連れて、自らの地位を取り戻しにくるに至った。
名前も心も偽らせた13年間。
うまくやれば……何とかなるかもしれない。
少し逡巡して、口を開く。
「教皇は、私だ」
「えっ!?」
「何を言ってるの!?」
あの方の行いを、側で見てきた私だからこそできること。
「教皇は実在しない。今まで聖域を治めていた人物は、私が作り出した幻だったのだよ」
「それでは……!」
私の体を覆い隠すようにして、薔薇たちがひとりでに開く。もう、花を咲かせるだけの小宇宙は残っていない。
「そうだ。私は前教皇シオンを殺した。そして自らが教皇に成り替わり、聖域からアテナを追放し、アイオロスにその罪を着せた。全てこの私がやったことなのだ」
「なんて酷いことを……!」
薔薇はさらに増える。
「だがもういいのだ。支配欲に取り憑かれてここまで来て、最後はこの様だ。神殿へ行け。アテナ像の盾を翳せば、金の矢は消えて無くなる」
そこまで話して、気力が途切れた。
「星矢、早く行こう!」
「その話は本当だな!?信じたぞ!」
青銅聖闘士がアテナ像のほうへ向かっていく。

先程から増え続けている薔薇たちが、心地よい思念を送り込んでくる。
元々はアテナを守護すべく作られた品種、魔宮薔薇。
それを私欲のため使っている私に、どうして寄り添ってくれるのだろう。
ほとんど動かない手で花を慈しむ。
私はもうもたないだろう。
しかしこれで、教皇としてのサガは消滅し、双子座としてのサガだけが残る。
あの方が、自分の名を名乗って聖域にいられるようになる。アテナのために戦える。

サガ。
誰よりも、神でさえも凌ぐほどの慈愛と力を秘めていたあなた。
お慕いしておりました。
そして、共に歩んだあの二人も。
ただその気持ちだけを胸に、意識を深い闇に沈めて行った。

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